SMPTE2110規格を理解する

2023年現在、映像放送機器展などでSMPTE2110という言葉を目にすることが多くなってきました。このSMPTE2110の概要や特徴、利点について本記事にてまとめたいと思います。

SMPTE2110規格とは何か

SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)が定める映像伝送規格で、主に放送の素材伝送をIPネットワークで扱うための複数の規格をまとめたものです。

……と言われても、意味不明かもしれません。SMPTE2110規格が扱うものを明らかにするためには、いくつかの背景を理解する必要があると思います。

まずはSMPTE2110規格を理解するために「放送のIP化」の背景を紹介します。

放送のIP化

放送のIP化とは何か

近年、放送のIP化に向けた動きが進みつつあります。

今まではテレビの撮影の現場では、IPではなく、主にSDI(Serial Digital Interface)と呼ばれる同軸ケーブルを利用した専用伝送方式で映像を伝送していました。

カメラから撮影された映像(素材映像)は、編集前に圧縮等で劣化が混入することは品質の観点で望ましくなく、同軸ケーブルを利用して非圧縮でカメラから編集場所(例:現場にある中継車)まで伝送されます。

同軸ケーブルは伝送距離に制約があり、そのため現場で映像編集(例えばどのカメラの映像を使うか、など)を行った後、編集された映像を圧縮して映像専用線などでテレビ局に伝送します。

従来の映像制作方法

一方、放送のIP化とは、今までSDIで送っていた素材映像を、イーサネットに代表されるIPベースの方法で送ることです。

2023年現在、この放送のIP化に向けた動きが進展しつつあります。

放送のIP化のメリットとは

メリットはさまざまありますが、一番分かりやすいもので言えばコストでしょう。

同軸ケーブルを利用するSDIは映像専用の規格であり、4K→8Kと高解像度化が進展する中で、新しいフォーマットが開発されるたびに設備の更新が必要でした。

しかしながら、SDIは映像にしか使われないわけですから用途が限られており、機器を開発するメーカーも大量生産しても売れないですから、機器自体が高額になりがちという問題がありました。

しかしながら、映像をイーサネットのようなIPで送るのが基本となれば、必要な機器はIP向けのルーターやスイッチングハブ、イーサネットのケーブルなどの世の中にありふれているものになります。機器の汎用性が高まるため、コストダウンが期待されています。

また、同軸ケーブルは伝送距離に限界があるため、今までの映像制作はカメラからの映像を、現地に置いた中継車で編集した後、編集した映像を圧縮してテレビ局に送るというスタイルでした。

一方、IP化されることで長距離伝送が可能になりますから、以下の図のように、カメラで撮影した素材映像をIPで放送局まで伝送し、放送局で映像編集を行うことも可能となります。これにより、現地で作業する人員を減らすことができ人的なコスト削減も期待できます。

最近はこのような流れに対応して、IP直接出力できるカメラなども登場してきているという背景があります。

新しい映像制作の方法(IPベースリモートプロダクション)

何故今までIP化が難しかったのか

これはSDIを利用した伝送の方が、大容量データを安定的に送れる時代が続いたためです。

例えば4Kで60fpsの映像は、非圧縮だと12Gbpsもの大容量になりますが、このような大容量を今まではIPで送るのが難しかったという背景があります。

しかしながら、現在はその制約は解消され、イーサネットは2010年には100Gbpsの伝送速度に到達しました。そのため、IPで大容量を伝送することの制約が解消され、コスト面で優位なIP化への流れが進んでいます。

SMPTE2110規格とは何か -IPを利用した素材伝送向け規格-

この背景を踏まえてSMPTE2110について、もう一度説明します。

SMPTE2110はSMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)が定める映像伝送規格で、主に放送の素材伝送をIPネットワークで扱うための複数の規格をまとめたものです。

すなわち、上記の「新しい映像制作の方法」の図の中にある赤線の部分の伝送のやり方を規定したものになります。

IPで伝送する場合、当然送信側と受信側の間で「どのようなパケットを送ったのか」という共通認識がないと、そもそも受信側でパケットから、送られた映像を再構成できません。このようなIP向けの映像伝送における送り方のルールを規定したのが、SMPTE2110規格です。

すなわち、「SMPTE2110規格の出力に対応したカメラ」であれば、SMPTE2110に則ったルールで映像が出力されるカメラということになります。

「SMPTE2110とSDIを変換できるコンバータ」であれば、従来のSDIを入力に、SDIからSMPTE2110の形式に変換(あるいは逆変換)ができるコンバータ製品ということになります。もちろん従来のSDIが急に全て取り払われるわけではありませんから、このような変換が行えることも重要ですね。

近年の映像機器の展示会では、放送のIP化に伴い、このような製品が注目を集めているというわけです。

さて、では先ほどハイライトした「複数の規格をまとめたもの」とはどういう意味でしょうか。

SMPTE2110規格の構成

実はSMPTE2110(ST2110)規格は、以下の複数の規格を集めたものです。

SMPTE2110は映像の素材伝送向けの規格ですから、映像の絵そのものだけではなく、音声や補助データなど、様々なデータを送ることができます。

一方、それらの送り方については、SMPTE2110内にあるそれぞれの規格で規定されています。

  • ST 2110-10 – System architecture and synchronization
  • ST 2110-20 – Uncompressed video transport, based on SMPTE 2022-6
  • ST 2110-21 – Traffic shaping and network delivery timing
  • ST 2110-22 – Constant Bit-Rate Compressed Video transport
  • ST 2110-30 – Audio transport, based on AES67
  • ST 2110-31 – Transport of AES3 formatted audio
  • ST 2110-40 – Transport of ancillary data

例えば、非圧縮ビデオ(絵の部分)の伝送に関しては「ST2110-20」という規格で定められています。一方、音声の部分は「ST2110-30」という規格で定められていることがわかります。

これらを総括して、「SMPTE2110」と呼んでいます。

SMPTE2110=非圧縮 なのか?

これに関しては「非圧縮の場合もあります」ということになります。SMPTE2110と言われたら全てが非圧縮で伝送しているというわけではないので注意が必要です。

厳密には、SMPTE2110自体は非圧縮伝送も圧縮伝送も規格化しています。もう一度、SMPTE2110規格が含む各規格を見ていただくと「ST2110-20」は非圧縮ですが、「ST2110-22」は圧縮された映像を対象としていることがわかります。

ST 2110-10 – System architecture and synchronization
ST 2110-20 – Uncompressed video transport, based on SMPTE 2022-6
ST 2110-21 – Traffic shaping and network delivery timing
ST 2110-22 – Constant Bit-Rate Compressed Video transport
ST 2110-30 – Audio transport, based on AES67
ST 2110-31 – Transport of AES3 formatted audio
ST 2110-40 – Transport of ancillary data

この「ST 2110-22 – Constant Bit-Rate Compressed Video transport」はJPEG XSによる圧縮を使用します。

JPEG XSについては、あまり耳慣れない方も多いかもしれません。映像圧縮と言えばAVC(H.264)HEVCやHEVC(H.265)の方が有名です。

何故、SMPTE2110-22ではJPEG XSでの圧縮を採用しているのでしょうか。これは、JPEG XSが「データを超コンパクトに圧縮できるわけではないけれど、低遅延で劣化がほぼ生じない圧縮を実現できるから」という点があります。すなわち、JPEG XSは、かなり非圧縮に近い特徴を備えた圧縮方式なのです。

  • AVC(H.264)やHEVC(H.265)は例えば4K映像であれば、最大でも100Mbps以下のオーダーに圧縮することが対象です。一方、圧縮による映像の劣化や、圧縮する際の遅延も生じます。
  • JPEG XSの場合、4K映像(60fps)で500Mbps~1.4Gbpsあたりのオーダーに圧縮します。AVCやHEVCのように劇的にデータをコンパクトにはしないものの、1ms以下の低遅延性や、映像品質の劣化が少ないという特徴があります。

すなわち、SMPTE2110は非圧縮・圧縮を問いませんが、放送の素材伝送に代表される劣化を少なく保ちたい用途向けの規格です。

SMPTE2110規格の用途

ここまで読んでいただいた方にはご理解いただけたかもしれませんが、SMPTE2110の用途は音声等も含めた映像を①IPで ②非圧縮あるいは高品質を維持できる圧縮方式で 送るための映像伝送規格です。

放送局向けのIPを利用したリモートプロダクション用途などの中で使用される規格として普及が始まっています。

今後も、SMPTE2110に対応した製品が次々と登場してくることが考えられます。

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